はじめに
横浜DeNAベイスターズの東克樹投手は、2023年シーズンに16勝を挙げ、最多勝タイトルを獲得した注目の左腕投手です。球団史上初となる投手部門でのゴールデングラブ賞も受賞し、2024年シーズンも開幕投手を務めるなど、チームの絶対的なエースとして活躍しています。2023年には球団を26年ぶりの日本一に導く立役者となり、地元横浜のヒーローとして多くのファンから愛される存在となっています。
この記事では、東克樹投手の出身地や学生時代の実績、そして気になる家族構成までを詳しく調査してまとめました。
基本プロフィール
- 名前:東 克樹(あずま かつき)
- 生年月日:1995年11月29日
- 出身地:三重県四日市市
- 身長/体重:170cm/80kg
- 投打:左投左打
- 背番号:11
- 所属:横浜DeNAベイスターズ(2018年 – )
- 愛称:「ハマのペンギン」「ハマの東MAX(アズマックス)」
- 座右の銘:「不動心」
出身地と生い立ち
東克樹投手は三重県四日市市の出身です。地元は中日ドラゴンズファンが多い地域でしたが、東投手自身は幼少期から読売ジャイアンツのファンで、特に高橋由伸選手に憧れを持ち、その打撃フォームを真似ていたそうです。
野球との出会いは小学校1年生の時。四日市市立三重北小学校に通いながら、軟式野球チーム「三重クラブ野球少年団」でプレーを始めました。この時期から、将来のプロ野球選手を目指して真摯に野球と向き合っていました。
中学時代は四日市市立大池中学校に通いながら「四日市トップエースボーイズ」に所属。この時期に、元メジャーリーガーの野茂英雄氏が総監督を務める「JUNIOR ALL JAPAN(NOMOジャパン)」の一員としてアメリカ遠征を経験しており、早くから才能を開花させていたことがうかがえます。
地元が中日ドラゴンズの地域でありながら巨人ファンだったというエピソードからは、幼い頃から自分の信念を持っていた東投手の性格が垣間見えますね。野茂英雄氏率いるNOMOジャパンでの経験は、その後の投手としての成長に大きな影響を与えたことでしょう。
高校・大学時代の実績
高校時代
東克樹投手は愛知県の名門・愛工大名電高校に進学しました。1年夏の選手権愛知大会で2試合に先発を任されるなど、早くから期待の左腕として注目されていました。
2年時は1学年上の濱田達郎投手がエースを務めており、春夏の甲子園大会には出場したものの、登板機会には恵まれませんでした。しかし、この時期を無駄にすることなく、先輩の背中を見ながら着実に力をつけていきました。2年秋に濱田投手からエースの座を引き継ぎ、3年夏の甲子園大会では悲願の甲子園マウンドを踏みました。
聖光学院高校との初戦では、5回まで被安打2と好投しながらも逆転負けを喫するという悔しい結果となりましたが、この経験が後のプロでの活躍につながっていきました。
高校時代は常に結果を求められる環境の中で、時には悔しい思いもしながら成長していった時期だったことが分かります。エースの座を待つ立場から、エースとしての重責を担うまでの経験は、精神面での成長に大きく寄与したのではないでしょうか。
大学時代
立命館大学文学部心理学専攻に進学した東投手は、大学でも素晴らしい活躍を見せました。1年秋から救援投手としてリーグ戦に登板し、徐々に頭角を現していきます。
2年時には左肘痛に苦しみ、秋のリーグ戦を欠場するという試練に見舞われました。しかし、この時期を下半身の強化期間と位置づけ、地道なトレーニングを続けました。その成果は3年時に開花し、京都大学との1回戦でノーヒットノーランを達成。さらに4年時には関西大学戦で2度目のノーヒットノーランを成し遂げ、関西学生野球リーグ戦史上初の同一投手による複数回達成という快挙を成し遂げました。
大学通算成績は、リーグ戦41試合に登板し、231回2/3を投げて19勝9敗、防御率1.05、235奪三振という素晴らしい数字を残しています。また、4年時には第41回日米大学野球選手権と第29回ユニバーシアードの日本代表にも選出され、国際大会でも実力を発揮しました。
大学時代の東投手は、怪我というピンチを乗り越え、むしろそれをバネにして大きく成長しています。卒論のテーマに「球場によってマウンドからホームベースを見た時の角度と距離における視覚的心理の変化」を選んだことからも、投手としての探究心の深さが伺えます。
家族構成について
東克樹投手は2020年に結婚し、第一子となる女児も誕生しています。家族を大切にする一面を持ち、妻子への愛情も深い様子が伺えます。DeNAへの入団後から使用しているグラブには「金運と白星をつかむ」という願いを込めて、金色のうんこマーク(💩)と白色の星マーク(☆)の刺繍を施しているそうです。これは、大学日本代表で一緒だった栗林良吏投手のグラブを見て取り入れたアイデアだとか。
立命館大学時代には、後にDeNAでチームメイトとなる2学年後輩の坂本裕哉投手と同じ部屋で過ごした時期もあり、プロ入団後は左投手の先輩として、技術面だけでなくメンタル面でも後輩の成長をサポートしています。
家族や仲間を大切にする東投手の人間性が、チームメイトからの信頼にもつながっているのでしょう。グラブの刺繍にまつわるエピソードからは、ユーモアのセンスも感じられますね。
プロ入り後の活躍
2017年のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから単独1位指名を受け、契約金1億円、年俸1500万円でプロ入団を果たしました。当時の担当スカウトは八馬幹典氏で、NPB全12球団のうち、この会議で唯一の単独1位指名となりました。
2018年のルーキーイヤーには見事な活躍を見せ、新人王を獲得。2019年から2020年にかけては左肘の故障に苦しみ、トミー・ジョン手術を受けるなど苦難の時期を経験しましたが、着実にリハビリを重ね、見事な復活を果たしました。
2023年シーズンには16勝を挙げて最多勝を獲得。最高勝率、ゴールデングラブ賞、ベストナインと数々のタイトルを手にし、チームを日本一に導く立役者となりました。2024年シーズンも開幕投手を務めるなど、チームの顔として活躍を続けています。
プロ入り後も順調な成長を見せながら、一時期は大きな怪我に見舞われるという試練を経験。しかし、その困難を乗り越えて見事に復活を果たした精神力は、まさに座右の銘である「不動心」を体現するものと言えるでしょう。
投球スタイルの特徴
東投手の投球スタイルは、最速152km/hの直球を軸に、チェンジアップ、スライダー、カットボール、ツーシーム、カーブなど多彩な変化球を駆使するのが特徴です。特にチェンジアップの完成度は高く、多くの打者を翻弄しています。
2023年にはフォームを若干修正し、オーバースローからスリークォーター気味に変更。同じ左投手でサイドスロー気味のフォームで投げる宮城大弥投手を参考にしたという新フォームにより、制球力が向上し、より安定した投球が可能になりました。これにより、球速は140キロ台半ばになったものの、制球力は格段に向上し、変化球も含めより強いボールが投げられるようになりました。
投球時に上体を三塁側へ仰向け気味に倒しながら腕を振るフォームも特徴的で、リリースポイントが高く、角度のついた球をストライクゾーンのコーナーへ投げ込める技術は、打者からも高く評価されています。
170cmという小柄な体格でありながら、的確なコントロールと多彩な変化球を武器に戦う投球スタイルは、多くの若手投手の目標となっているはずです。フォーム改造という大きな決断を行い、それが結果として飛躍的な成長につながった点は、東投手の向上心の表れと言えるでしょう。
さいごに
東克樹投手は、持ち前の努力と才能で、横浜DeNAベイスターズのエースとして確固たる地位を築き上げました。170cmという小柄な体格ながら、驚異的な制球力と多彩な変化球を武器に、球団を26年ぶりの日本一に導いた立役者として、さらなる活躍が期待されています。
家族を大切にし、チームメイトからの信頼も厚い東投手は、プロ野球選手としてだけでなく、人間としても魅力的な存在です。その誠実な人柄と、野球に対する真摯な姿勢は、多くのファンの心を掴んで離さないでしょう。
関連リンク
- Instagram: @katsuki1995
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